今回紹介していくのは林志郎(はやし しろう)さんです。
自らの小児がんの体験を生かし、重い病と戦う子どもたちに勇気をあたえている道化師をしていますが、そんな林さんについてこれまでの経歴などのプロフィール、道化師を始めたきっかけやクラウンシロップの名前の由来について調査していきます。
道化師・林志郎のプロフィールをチェック!
林志郎(はやし しろう)
九州、沖縄広減小児がんネットワークQOL+(ク ールプラス)代表
生年月日 :1978年生まれ(39歳)
福岡県北九州市在住
現在はご結婚されていて息子さんと娘さんがいらっしゃいます。
保育園に通っていた頃、股関節の骨にペルテス病を患って入院。
そこから通園時は歩行補助装具を着用していたんだそうでイジメにあったりしていたのだそう。
歩行補助装具も外れた小学校に入学した年、6歳のときに血液のがんと言われる急性リンパ性白血病を発症しました。
1ヶ月のうち1週間は度病院へ行き検査後に入院して化学療法で治療、残りの3週間は自宅療養をする治療を3年間しました。
そんな入院の間、同じ病気で治療をしている仲間たちがいなくなる経験を度々したんだそうです。
まだ小学校低学年でそのような死の恐怖を味わうのは尋常じゃありません。
怖くて眠れな日々があったでしょう。
その闘病ののちにやっと普通の生活が送れるようになり退院しました。
ですが治療に抗がん剤投与で頭髪が抜けてしまったことから学校に戻ってからはいじめにあったりしました。
そこから長い経過観察の末に血液から白血病細胞が完全になくなったと確認されたのが20歳の時でした。
ですが輸血が原因で23歳でC型肝炎に。
現在は『沖縄広減小児がんネットワークQOL+(ク ールプラス)』の代表を勤めるとともに、Clown Syrup(クラウンシロップ)という名前で道化師として北部九州の小児科病棟の訪問をし子供達に笑いと笑顔を届ける活動、そして他にもMC(司会)などもされています。
道化師になるきっかけは?
高校生の頃から参加し2009年9月からはリーダーもしていたていた小児がん経験者の会『SmileDays(スマイルデイズ)』で小児がん患者や経験者の支援をしていた林さん。
クラウンと病院をつなぐコーディーネートをしていた時にそのクラウンの方に勧められたのがきっかけでした。
そして当時仲の良かった末期の小児がんと向き合っていた少年『こうちゃん』の前でクラウンデビューしようと毎日真剣に練習に励んでいました。
ですが、林さんが道化師の修業を終える前の7月に、こうちゃんは息を引き取ってしまったんです。
約束を果たすことはできませんでしたが、子供達に勇気を与えるという使命を感じ道化師(クラウン)としてその後も活動していくことに繋がっていったのです。
クラウンチーム YEN TOWN FOOLs(イェンタンフールズ)の道化師のクラウン・ブッチィーさん&クラウンびりさん&大森さんの元で修行をはじめたのは2010春から。
2010年10月17日からClown Syrup(クラウンシロップ)としての活動開始しました。
「励まされる側から励ますことのできる側になった。病気をしていなければ、今の自分や仲間はない」
という林さんは強い心を持ち、活動を続けています。
Clown Syrup(クラウンシロップ)という名前の由来は?
林さんが道化師として活動する際の名前を何にしようかな?
とスーパーで買い物をしている最中に考えていたのですが、その時たまたまちょうど目の前にホットケーキ用のメイプルシロップがあったのだそう。
そこで本名とシロップを掛け合わせ・・・
志郎 → しろー → シロー → シロップ
変換!!
ということでクラウンシロップに決定したんだそうです!
まとめ
今回は道化師・林志郎さんについ調査してきました。
人生のはじまりにちかいところで病気、そして死ぬことへの不安を経験したことで生きることへの感謝を感じることができたのだそうです。
そんな多くの経験から『生』について深く考えた結果”人のために”生きることができ、活動されているのでしょう。
道化師はそんな生き方のひとつの手段として笑顔を届ける一つの方法なのだな、
と考えさせられました。