ユネスコ世界遺産に登録されることになった潜伏キリシタン関連遺産
多分鎖国時期のキリスト教信仰が禁止されていた時、キリスト教信者が残した何かなんだろう・・・
ってことはわかるのですが、それが一体どんなものかさっぱり!?
なんて方も多いかと思います。
ここではそんな潜伏キリシタン関連遺産の場所はどこにあるどんな内容のものなのか?
簡潔にわかりやすく説明していきたいと思います。
潜伏キリシタン関連遺産の場所や内容とは?
場所は長崎県です!
もっとも簡単に内容を言うと
1614年に江戸幕府 2代将軍徳川秀忠(とくがわひでただ)が発したキリスト教禁教令。
それは大まかには幕府の体制強化のために発せられたものでした。
それから19世紀まで続いた江戸時代のキリスト教禁止令の下で、幕府に隠れて信仰を続けていた人々(潜伏キリシタン)の残した12の城跡や集落、教会が潜伏キリシタン関連遺産です。
どうですか?
正直この一節だけで”知ったか”できちゃいます(笑)
ですがもう少しだけ深く知っておくともうちょっぴり”ドヤ顔”できます。
ではその12の遺産とはどんなものがあるのでしょうか?
原城跡(はらじょうあと)
年貢の取り立て、そしてキリシタン弾圧が厳しくなり耐えられなくなった、島原・天草の農民が起こした一揆いっきが『島原の一揆』です。
鎮圧のため幕府は約12万人の兵力を動員し原城に立てこもった一揆軍を攻撃、4ヵ月かけそのほぼ全員が殺してしまい、再びそのようなことが起こらないようにお城を破壊してしまいました。
その舞台が原城跡です。
集落
- 平戸ひらどの聖地と集落(春日かすが集落と安満岳やすまんだけ)
- 平戸ひらどの聖地と集落(中江ノ島なかえのしま)
- 天草あまくさの﨑津集落
- 外海そとめの出津しつ集落
- 外海そとめの大野おおの集落
- 黒島くろしまの集落
- 野崎島のざきじまの集落
- 跡頭ヶ島かしらがしまの集落
- 久賀島ひさかじまの集落
- 久奈留島なるしまの江上えがみ集落(江上えがみ天主堂とその周辺)
この10ある集落が関連遺産。
島原の一揆の後、潜伏キリシタンはより強くなった幕府の取り締まりから逃れるためこれらの集落で同志とともに隠れて信仰を続けていました。
その時期は長く、開国までの約200年以上隠れて信仰を続けていました。
その集落には開国後、信仰の自由が黙認されるようになった1800年代後半に教会が建てられ、今も多数残っています。
今回それらも含め世界遺産として認められました。
大浦天主堂
幕末に1959年、開国されてから来日した宣教師が1864年に建てた教会堂です。
自由にキリスト教を信仰することができるようになった象徴と言われる教会としてその価値が認められています。
観光するには?
大浦天主堂は事前連絡をしなくても見学が可能ですが、集落内にある教会は『潜伏キリシタン関連遺産インフォメーションセンターが受付窓口』に事前連絡しなくては見学できないものも多数あります!
もちろん個人でも可能ですが、ツアーなどを利用し効率よく廻るのが良いのではないかと思います。
まとめ
ここではかなりざっくりとですが12の潜伏キリシタン関連遺産を説明してきました。
ですが大体の概要は掴めたと思います。
長崎は鎖国時もオランダ(実際はそれ以外もあったなど諸説あり)との貿易が続いていた出島がある県、街に異国情緒が溢れ独特な雰囲気があります。
そんな長崎を潜伏キリシタン関連遺産と共に観光してみるのもいいかもしれません。
他にもハウステンボスや綺麗な夜景、軍艦島など見所がたくさん過ぎるくらい。
グルメもちゃんぽんやトルコライスにカステラなど和と洋が織り混ざったものが多く魅力的です。
行ってみると世界遺産などに触れ歴史を感じることで我々が暮らす日本の現在、そして未来ににいてもより興味が湧いてくるはずよ!